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七田校長の「パソコン音痴からの道のり」
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1996~ 仕事と向き合う
職場では、「パソコン駄目社員」という立場を確立して、のらりくらり定年まで勤め上げるつもりであったことは既に述べた。そうもいかなくなったのは、ある年の人事が絡んでからだ。これが懲罰か、はたまた温情なのかはよく分からない。
職場でコンピュータまわりを整備して業務の効率化を図ろうというプロジェクトが立ち上がり、システム検討委員会なるものが発足されたのだ。
そしてなぜか、コンピュータとは無縁の私がその事務局のひとりに。
パソコンはマッキントッシュを何とか我流で触る程度にはなっていたものの、もちろん、別に「詳しい」と呼ぶには程遠かった。
それに何しろ、コンピュータに関わる仕事にはできるだけ近づかないよう日頃からそれとなく働きかけることも怠らなかった。「パソコンは駄目だ」、「移動があっても電算業務だけは行きたくない」などと、事あるごとに周囲にアピールし続けていた矢先。
これまで、絵だのスカイダイビングだの書道だのと、仕事に身を入れない私にそんな人事が下されたということは、やはり懲罰的な意味合いもあったのではないか。
事務局は調整の仕事。とはいえ、コンピュータの実用的な知識や、業務システムについて理解していなければ、とても務まりそうにない。さすがに途方に暮れた。
仕方がない。勉強しなければならない。学生時代も受験のときも、絵さえ描いていれば良かったこの私が、なんと「勉強」というものをすることに・・・(笑)。
コンピュータ全般の知識を体系的にゼロから叩き込むために、当面何をすればよいか考えた末、「シスアド(初級システムアドミニストレータ)」という国家資格の勉強を開始。
どこか学校へ通おうかとも思ったが、適当な学習カリキュラムがあればよいだけで、実際に試験を受けることまでは考えていなかったし、学校で落ちこぼれになりたくなかったので、参考書を1冊だけ購入してだましだまし独学でやることにした。
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